【作品#0162】旅立ちの時(1988)

1980年代

旅立ちの時(原題:Running On Empty)

1988年のアメリカ映画
上映時間は116分

夫婦と2人の息子たちは、夫婦がかつて過激な反戦運動をしたことで指名手配されたために、度々引っ越し、その度に名前を変えて暮らしていた。

監督はシドニー・ルメット
脚本はナオミ・フォナー
音楽はトニー・モットーラ
撮影はジェリー・フィッシャー

リバー・フェニックス(ダニー)
クリスティーン・ラーチ(アニー)
マーサ・プリンプトン(ローナ)
ジャド・ハーシュ(アーサー)

当時若手の代表格だったリヴァー・フェニックスが唯一アカデミー賞にノミネートされたことのある作品。リヴァー・フェニックスとマーサ・プリンプトンは「モスキート・コースト(1986)」で共演して交際中であった。また、原作/脚本を務めたナオミ・フォナーはジェイク・ギレンホール、マギー・ギレンホールの母親である。

 

ベトナム戦争というアメリカの負の歴史が後に尾を引いていることがよくわかるシドニー・ルメット監督の傑作。アニーとアーサーはナパーム弾の製造工場を爆破したということなので、当然ベトナム戦争への反戦活動の一環で行ったものと思われる。彼らの世代の行った活動はカウンターカルチャーと呼ばれ、反戦、反核、男女平等、人種差別撤廃、環境保護など、様々な権利や自由を求めて活動が行われた。そんな権利や自由を求めていた彼らが、過激な活動の末に自由を失った逃亡生活を強いられ、2人の子供たちに権利や自由のない生活を強いることになっているという設定は大変興味深い。

 

逃亡生活をしているため、アーサーは親が死んだことを1か月も後になって仲間から知らされることになる。子供たちの自由を保障すると言うことは、自分たちとは会うことが難しい生活を意味し、アーサーはその葛藤からなかなか子供たちを自由な生活に送り出すことができないでいる。

 

一方でアニーは、音楽の教師からダニーの音楽の才能について何度も知らされ、ジュリアードへ行けるほどの才能の持ち主であることを知る。ダニーの音楽の才能はこのアニー譲りのものであり、アニーは自分の叶えられなかった夢の実現を息子に委ねようと、長年会っていなかった自分の父にダニーを預けられないか会いに行くことになる。

 

アニーは久しぶりに父親と会うと、その会話の流れから、父親がアニーと違って右寄りの人間だったことが分かる。ここは沈黙の世代と呼ばれた第二次世界大戦を経験した世代と、ベトナム戦争への反戦した彼らの子供世代の和解でもある。これは本作の翌年「フィールド・オブ・ドリームス(1989)」なんかでも扱っていたテーマだ。

 

そんな過激な世代から生まれたダニーは、比較的おとなしい子供に育っている。父親の勘で不本意な引っ越しを何度も経験し、起こった出来事は受け入れなければならないと感じて生きてきたのだろう。だからラストもダニーはローナとの恋もジュリアードで音楽を学ぶことのできるチャンスも諦めて家族を選ぼうとする。

 

ところが最後の最後で父のアーサーが態度を翻してダニーはそこに留まることになる。この直前に仲間が殺されたラジオニュースを聞いていたから、アーサーは態度を翻したように見えるのはもったいない。もちろんアニーの説得などが効いてきているのだろうが、この場面はちょっと露骨すぎた。

 

とはいえ、沈黙の世代と対立した子供世代が過激な活動故に自由を失い、その代償をその子供たちが背負ってしまうことになるのは悲しい。本当の自分になかなか気付けないまま、家族との愛を優先しようとするダニーを演じたリバー・フェニックスは好演。ベトナム戦争が引き起こしたとも言える家族の悲劇を描いた傑作。

なし

Spotifyはこちら
Apple Podcastはこちら
Amazon Musicはこちら
YouTubeはこちら

コメント

タイトルとURLをコピーしました