タイトル
激流(原題:The River Wild)
概要
1994年のアメリカ映画
上映時間は112分
あらすじ
川下りにやって来た夫婦と息子、愛犬のマギーは、立ち往生するウェイドとテリーの2人を助けるが…。
スタッフ
監督はカーティス・ハンソン
音楽はジェリー・ゴールドスミス
撮影はロバート・エルスウィット
キャスト
メリル・ストリープ(ゲイル)
ケヴィン・ベーコン(ウェイド)
デヴィッド・ストラザーン(トム)
ジョセフ・マッゼロ(ローク)
ジョン・C・ライリー(テリー)
ベンジャミン・ブラット(ジョニー)
感想
90年代はサスペンス映画を中心に監督していたカーティス・ハンソン監督作品。当初の音楽は巨匠モーリス・ジャールが務めたが、試写が不評だったためにジェリー・ゴールドスミスが担当することになった。また、本作で夫婦役を演じたメリル・ストリープとデヴィッド・ストラザーンのそれぞれの子供が本作から25年後に結婚するという縁もあった(ただ、残念ながら結婚生活はわずか8ヶ月ほどで終わってしまった)。
結論から言うと、夫を主人公にすべきだったんじゃないか(もしくは妻が問題を抱えているキャラクターにするか)。本作は冒頭に、夫のトムが問題を抱えているキャラクターとして紹介され、ドラマ部分の基本ポジションは明確に提示されている。
ところが、このトムの問題はサスペンスが本題に入る前に夫婦間の話し合いである程度解決してしまう。こうなると普通の家族がトラブルに巻き込まれただけになってしまう。問題を抱えたままトラブルに巻き込まれ、そこをサスペンスとしていくらでも利用できたと思う。
さらに本作の主人公は問題を抱えるトムではなく、妻のゲイルなのである。問題を抱えるトムが家族のために体を張って、最終的に家族からの信頼を得るというのがどう見ても映画の冒頭で示した道筋なので、トムを主人公に、もしくは妻のゲイルと平等に描くべきだと思う。役者のネームバリューでもメリル・ストリープの方が上なのでどうみても、トムの扱いは助演である。結局、トムの活躍も入れなければならないので、ボートを降りてからは、険しい道のりを徒歩で先回りし、大掛かりな仕掛けを作るところまで全部観客に見せてしまっている。これでは後でこの家族が助かることがあまりにも容易に想像できてしまい、サスペンスとしての魅力を削ぐことになっている。また、軽装でインドアっぽいトムがあの道のりを先回りできるのにも、大掛かりな仕掛けを作るのにもリアリティがなく、この登場人物ならではの行動に落とし込むべきだった。
また、ウェイドらがラジオニュースで効いた事件の犯人であることをゲイルが気付いて言及する場面があるが、これも言うべきではないだろう。犯人であると知られた以上、殺されてしまう可能性が増してしまう。気付いたことをウェイドらに勘づかれてしまう場面や、それに気付いていないトムに何とか知らせる場面など、こちらもスリリングにできた要素を潰しているように見える。
サスペンスとしてははっきり言っていまいちだが、川下りのアクションはなかなかである。俳優が自らスタントした場面もカメラが多く捉えており、ラストのガントレットの場面ではヘリによる空撮も挿入され、壮大さが演出されている。4DX向きであると感じるサスペンスアドベンチャーであるとも感じる。
ちなみに、ガントレットには中世のヨーロッパ時代の拷問の意味がある。拷問を受ける者が両側に並んだ兵士の間を通り、鞭や棍棒で拷問を受けるというものである。この急所を通過する船をガントレットに例えているのだろうが、その意味からすると、この船にトムが乗っていないのはやはりおかしい。さらにラストで決着をつけるのがトムではなくゲイルであることも違和感がある。
結局、主人公を妻のゲイルにし、家族問題を早々に解決させてしまったことで、設定としておかしくなり、サスペンスとしての魅力も削ぐことになってしまった。加えて、特に悪役側に意外性がなく、事情が分かるにつれて小悪党じみていくのもサスペンスとして尻すぼみだった。
吹替情報
①ソフト版
②テレビ朝日版(1998年3月15日「日曜洋画劇場」)※ソフト未収録
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