【作品#0268】サンブンノイチ(2013)

2010年代

サンブンノイチ

2013年の日本映画
上映時間は119分

銀行強盗をした3人組のシュウ、コジ、健はお金の配分を巡って対立を始める。

監督/脚本は品川ヒロシ
音楽は樫原伸彦
撮影は相馬大輔

藤原竜也(シュウ)
田中聖(コジ)
小杉竜一(健さん)
中島美嘉(まりあ)
窪塚洋介(破魔翔)
池畑慎之介(渋柿多見子)
木村了(若槻)

自身の小説の映画化をしてきた品川ヒロシが、初めて他の人が書いた原作を映画化した監督3作目。品川ヒロシ監督の愛するクエンティン・タランティーノ監督へのオマージュが満載で、映画の構成自体は「レザボア・ドッグス(1991)」を模しているし、「ジャッキー・ブラウン(1997)」などの具体的なタイトル名まで登場し、「キル・ビル(2001)」でも有名になったセリフの「やっちまいな!」までまんま再現されている。

 

本作はいわゆる「後出しジャンケン」タイプの映画である。ちょっと話が進むと「実はこうでした」という展開がこれでもかと続いていき、しかもそれをほぼすべてセリフで説明するという展開はかなりキツい。「どうせ今の話も後で覆されるのだろう」と思うと、完全に興味を削がれてしまう。さらにはその騙し合いもレベルの高いものではなく、「その程度で騙せるのか」というものばかりである。競馬場で金の入ったバッグを置き引きされるような間抜けな主人公だからしょうがないかとさえ思ってしまう。というか、まず銀行強盗をしたのなら、いくら盗んで、それを「サンブンノイチ」にしたら1人あたりいくらになるのかくらいは冒頭近くに明示すべきだろう。この金額の大きさによって彼らの真剣度も変わって見えるのに。

 

それから、本作で一番印象を残したのは本筋とは全く関係のない、窪塚洋介演じた破魔翔の言い放った中盤のとあるセリフ。要するに「映画を撮ったことのない人間はごちゃごちゃ言うな」ということだ。これは原作にもないセリフなようで、脚本を書いた品川ヒロシの主張そのものと言える。「映画を撮ったことのない観客はありがたく見ておけ」ということなのだろう。監督として発表した2作品への批評に対する反論であると察するが、こんなことを作品内でわざわざ言うくらいなら映画を撮らなきゃいいのではと思うのが観客側の感想だ。こんな映画内で浮きまくっているセリフとあれば、原作者にも話を通さないといけないだろうし、演じた窪塚洋介にもなぜこのセリフを言わせるのか納得させないといけなかっただろう。そんなことをしてまで作品内でそれを言わせているのだから、相当腹が立っていたのだろう。映画にしたって何にしたって完成させたものが世の中に出回る以上、万人にとって100点のものなんて存在し得ない。自分の作った作品、世界がすべてでそれ以外のものを廃するような考え方ははっきり言って嫌いであるし、人が感じたこと自体を否定することは本当にいかがなものかと思う。

 

そして、品川ヒロシ監督1作目から感じていたが、「映画愛=映画内で他の映画について語ること、話題に出すこと」と思っている節がある。本作だけでも様々な映画のタイトルや俳優の名前が登場する。特にクリスチャン・スレーターが話題に上るところは違和感がある。ここもタランティーノが脚本を担当した「トゥルー・ロマンス(1993)」に主演したところから派生しているのだろう。ただ、この話題の時も所詮はクリスチャン・スレーターの上辺をなぞった話をしているだけである。「クリスチャン・スレーターは日本で評価されていない」というセリフがある。ここでの評価をどう定義するかにもよるが、彼の主演作品は少なくとも90年代は日本でもヒットしていたし、それなりに評価はされていただろう。もし仮にタランティーノっぽくしたいのなら、クリスチャン・スレーターの出演作品でもマイナータイトルやメジャータイトルでもかなり細かい箇所への愛を語る描写が必要だろう。少なくともこのセリフを言う中島美嘉からはとてもクリスチャン・スレーターのことを詳しいとは思えないのだ。セリフにしたって演技にしたって演出にしたってそのすべてが浅はかでとても映画愛に溢れているように見えないのが皮肉なところだ。

 

また、「テレビ的な笑い」を映画内にそのまま落とし込む手法は相変わらずである。邪推かもしれないが、前作の「漫才ギャング(2010)」はお笑い芸人を主人公にした話だからその手法が通用すると思っていたのかもしれない。そして本作は品川ヒロシ監督の好きなタランティーノへのオマージュ作品となっている。そのタランティーノ節とも言えるダラダラと続く脈略のない会話。その脈略のない会話シーンの中であれば、この「テレビ的な笑い」を取り入れても違和感がないと判断したのだろう。ただ、結局コメディのセンスは以前のままで、やっていることも前作までと何も変わっていないので、結果は同じくつまらないものになっている。タランティーノ作品内での脈略のない会話シーンは、登場人物が本当にただ世間話をしているように見えるリアリティがあるのに、本作は前作までと同様に用意された笑いをそのままやっているだけにしか見えない。映画愛を語るにしても、コメディをやるにしても、役者が演じている限り、演じていることを観客が察した時点で負けだと思う。

 

映画的な演出も決してうまいとは言えない。タランティーノの「レザボア・ドッグス(1991)」オマージュなので、過去と現代の行き来を繰り返す展開となる。例えば、「手を上げろ!」と言われて手を上げる場面。そこでは手を上げた主人公を映した後に、過去に遡り居酒屋で注文する時に手を上げる場面と重ねている。ここは現在の手を上げる場面は映すべきじゃないと思う。手を上げろと言われた次に過去の居酒屋の場面が出てきた方がきれいだと思う。こういった細かい箇所もどんどん気になってしまう。

 

品川ヒロシ監督の作品を3作品続けて鑑賞したが、アクションとテレビ的な笑いの部分に多少の拘りは感じる程度である。映画内で映画愛を語るのは非常にリスキーで、本作のような語り方だと逆に映画ファンを逆撫ですることになることを示した実例と言える。

Spotifyはこちら
Apple Podcastはこちら
Amazon Musicはこちら
YouTubeはこちら

コメント

タイトルとURLをコピーしました