【作品#0129】ブロンコ・ビリー(1980)

1980年代

ブロンコ・ビリー(原題:Bronco Billy)

1980年のアメリカ映画
上映時間は116分

ブロンコ・ビリーは一座「ワイルド・ウエスト・ショー」を率いてあちこちドサ周りをしていた。そんなある日、アシスタントの女性を探していたビリーのところへリリーという女性が現れる。

監督はクリント・イーストウッド
音楽はスティーヴ・ドーフ
撮影はデヴィッド・ワース

クリント・イーストウッド(ブロンコ・ビリー)
ソンドラ・ロック(アントワネット・リリー)
ジェフリー・ルイス(ジョン・アーリントン)
スキャットマン・クロザース(ドック・リンチ)

当時クリント・イーストウッドが不倫中だったソンドラ・ロックを引き続きヒロインに起用した作品。そんな作品にイーストウッドは当時の妻との間に生まれた娘のアリソン、息子のカイルを映画初出演させている。興行的にはまずまずだったが、本作を気に入っていたイーストウッドはそれに満足しなかった模様。

 

クリント・イーストウッドの映画人としての拘りが強く主張されていると感じる本作。テレビシリーズ「ローハイド」やマカロニウエスタンへの主演でスターダムにのし上がった西部劇をこよなく愛するイーストウッドは、西部劇が廃れ始めてからも「荒野のストレンジャー(1972)」や「アウトロー(1976)」といった作品を製作していた。そして本作は設定こそ現代であるが、一座では「西部一の早撃ち」という異名のブロンコ・ビリーを演じる男を自らスクリーンに投影させている。

 

西部劇自体が時代遅れとなった時代に、現代劇とはいえドサ周りをしている一座も当時巣でに少数で時代遅れと思われていただろう。そんな時代遅れな主人公(=イーストウッド)に対して、当時の不倫相手だったソンドラ・ロック演じるリリーに言いたい放題言われる(言わせる)ことになる。それでも主人公は「このセリフは10年間同じなんだ」と言って拘りを見せる。西部劇を演じる一座でして西部劇を描き続けたい、演じ続けたいという強い思いも感じる。

 

でも本作は現代劇である。西部劇の如く列車強盗をしようとしてあっさり失敗したり、捕まった仲間を助けるべく賄賂を渡し屈辱まで味わったりと、今までのイーストウッドが演じたキャラクターへの皮肉も込められている。

 

そんな主人公はお金の話になると、「それは子供に言えるのか?」と言う場面がある。不倫関係にあるソンドラ・ロックを続けてヒロインに起用し、当時の妻との間に生まれた子供たちをその本作に出演させている。ここまで来ると理解を超えたものがあると感じるが、映画制作とソンドラ・ロックを切り離して考えることはできなかったのだろうかと思う。

 

西部劇も過去のものとなりつつあったが、主演の2人がいがみ合いながら惹かれていくのは1930年代から1940年代にかけて流行したスクリューボールコメディを思わせる。また、弱気を助けるという話はフランク・キャプラ監督の映画を彷彿とさせ、最後にお金をもらうところは「素晴らしき哉、人生!(1946)」なんかを思い出させる。そして、一座の話となるとセシル・B・デミル監督の「地上最大のショウ(1952)」を思い出すし、この映画にはフランク・キャプラ監督作品の常連ジェームズ・スチュワートも出演していた。西部劇だけでなく、ハリウッド黄金期への愛、オマージュなんかも感じられる。

 

ラストは病院で作ってもらった星条旗を繋ぎ合わせた大きなテントが画面いっぱいに表示される。ハリウッドに珍しい共和党支持者のイーストウッドだが、あらゆる人たちを受け入れて疑似家族を形成して生きて行くという、比較的リベラルな作品である。以前イーストウッドが監督した「アウトロー(1976)」にも通ずるテーマである。

 

また本作のイーストウッド演じたキャラクターや本編通しての印象は結構軽めのタッチである。この手のテイストのイーストウッド作品は1980年代はよく製作されていた。こんなに明るい主人公をイーストウッドが演じるのも珍しい。そんな主人公がブチ切れると車を急停車させて説教するところもコメディとして成立していた。

 

映画人クリント・イーストウッドを語る上で外せない一本。

①テレビ朝日版(1985年1月13日「日曜洋画劇場」)※ソフト未収録

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