タイトル
ブリグズビー・ベア(原題:Brigsby Bear)
概要
2017年のアメリカ映画
上映時間は97分
あらすじ
テッドとエイプリルによって育てられた25歳のジェームズは両親に外出を禁じられ、家では「ブリグズビー・ベア」という教育番組に夢中になっていた。ある日、テッドとエイプリルは警察によって逮捕され、ジェームズは赤ちゃんの頃に誘拐されていたことが判明する。
スタッフ
監督はデイヴ・マッカリー
製作はフィル・ロード/クリストファー・ミラー
音楽はデヴィッド・ウィンゴ
撮影はクリスチャン・スプレンガー
キャスト
カイル・ムーニー(ジェームズ)
マーク・ハミル(テッド)
グレッグ・キニア(ヴォーゲル)
マット・ウォルシュ(グレッグ)
ミカエラ・ワトキンス(ルイーズ)
ライアン・シンプキンズ(オーブリー)
クレア・デインズ(エミリー)
感想
中学豪時代の同級生カイル・ムーニーが原案と脚本、デイヴ・マッカリーが監督、ケヴィン・コステロが脚本を担当している。
本作は割と早々に、ジェームズがどうやら誘拐されて25年も軟禁状態だったことが判明する。そこでジェームズを育てた父代わりの人物テッドを演じたのが「スター・ウォーズ」シリーズでルーク・スカイウォーカーを演じたマーク・ハミルであることは本作を幾重にも深くしている要素であろう。
ジェームズは本当の両親のもとに戻ってから自分が経験してきた過去が異常なことであったと徐々に知らされていく。あれほど愛していた「ブリグズビー・ベア」がジェームズのためだけに作られていた番組で、他の誰もが知らないと知る。その番組がたとえどれだけ優れていようと、ジェームズが愛していようと、本当の両親にとってこれほど忌み嫌う対象はないだろう。ジェームズは全く悪くないのに、「ブリグズビー・ベア」の話ばかりするジェームズを攻めてしまう両親にも察するべき感情があるところが悲しい。つまり、子供にとって親や生まれる場所を選べないのと同じように、好きになる物だってある意味選べないのだ。たとえ親が「クレヨンしんちゃん」を忌み嫌っても好きになった子供にとっては何にも代えがたい存在であることは否定できないのだ。
ジェームズはかつて自身を誘拐したテッドが自主制作していた教育番組「ブリグズビー・ベア」の続編を映画化して監督したいと言い出す。人間誰しも子供という瞬間が急に終わって大人になるわけではない。子供という期間から徐々に大人へ移行していく。しかも、いわゆる子供っぽさも大人になっても引き継いでいる部分は多くの人があるだろう。ジェームズの愛する教育番組「ブリグズビー・ベア」はジェームズにとっての中心であり、憧れであり、愛すべき存在である。そんなジェームズが初めて外の世界を経験して少しずつ成長していく。だからこそ、彼が何かを0から創作するのではなく、「ブリグズビー・ベア」の続編という続きの物語を語ろうとしているところが素晴らしい。
終盤、精神病院を飛び出して帰宅したジェームズを家族や友人らが受け入れる。そこで家族4人が抱き合うのだが、冒頭で家族4人が抱き合ったのとは全く意味が異なるシーンになっている。抱き合ってすぐにスペンサーが話しかけて感動の雰囲気を壊しているが、製作者側がこの雰囲気を照れたのだろうか。そんなことも感じて妙に微笑ましい場面にも見える。
そして、映画完成のためにジェームズは、かつて自分を誘拐した犯人のテッドに「ブリグズビー・ベア」の声優をお願いし、また「ブリグズビー・ベア」に出演した女性に映画への出演も依頼することになる。過去の過ちやそれによって負ってしまった傷をそれぞれのキャラクターが演じることで乗り越えていくという設定も素晴らしい。
確かに物語の運び方にはスマートさに欠けて唐突な場面もある。ジェームズに心を開かぬオーブリーが友達のパーティにジェームズを連れて行く経緯や、そのパーティ会場に自分の話を親身に聞いてくれる優しい人がたくさんいるところなどは物語を進める上での都合に見える。また、ジェームズを誘拐した2人もどうしようもない犯罪を犯しているのにそこまで悪人としては描いていない。甘いといえばそれまでかもしれないが、あくまでフラットに描こうとしたのだと感じた。
映画として垢抜けない箇所もあるにはあるが、役者陣は軒並み好印象で、本作にマーク・ハミルを起用できたのは相当大きいだろう。人間誰しもが子供から大人へ成長していく。今まで25年監禁されて育った人間が、その監禁された子供時代を本人が受け入れながら外の世界で成長していき、最終的に周囲の人間が受け入れる物語は多くの人に刺さるだろう。
吹替情報
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