【作品#0252】娘は戦場で生まれた(2019)

2010年代

娘は戦場で生まれた(原題:For Sama)

2019年のシリア/イギリス/アメリカ合作映画
上映時間は100分

シリア内戦により中心都市アレッポでは、政府軍と自由シリア軍の対立が余儀なくされ、本作ではジャーナリストのワアド・アル=カデブが2012年からその様子を撮影している。

監督はワアド・アル=カデブ/エドワード・ワッツ
音楽はナイニータ・デサイー
撮影はワアド・アル=カデブ

アラブの春を機に2011年頃から始まったシリア内戦。アサド大統領による長期の独裁政権が続く中、政府から虐げられていたスンニ派が立ち上がって始まった内戦。本作ではその内戦の中心地とも言えるシリアで2番目の都市アレッポが舞台である。当時ジャーナリスト志望だった21歳の女性ワアド・アル=カデブが2012年からカメラを回し始め、政府軍によるアレッポ奪還により国外退去となる2017年までの5年間を追ったドキュメンタリー。多くの映画祭で評価を受け、アカデミー賞ではドキュメンタリー賞にノミネートされた。ちなみに原題は「For Sama」となっており、「Sama」は撮影中に生まれた監督の子供の名前である。また、本作には血や死体など生々しい描写がボカしなしで映っているため、注意が必要である。

 

シリアの内戦とは簡単に説明できるものではないが、どこかの国同士、あるいは国の内部で対立があると、必ず欧米諸国が支援するといういつもの形となる。そして、本作の序盤から監督のいる建物の上空を飛んでいるのはアサド政権を支援するロシアの戦闘機である。もちろんロシアだけが悪と決めて判断するのも良くはないし、アメリカだってシリアでの軍事作戦で多くの民間人を殺したことは明らかになっている。ただ、2022年に始まるロシアによるウクライナ侵攻などを見るに、人間の歴史から戦争を取り除くことはできないではないかと絶望してしまう。

 

そんな状況下で、監督は5年間にわたりあらゆる場所でカメラを回し続け、500時間を超える映像を100分という上映時間にまとめている。本作はあくまでアサド政権による攻撃と、それに対抗する市民という構図であり、主人公の夫が医師をしていることから病院内部やその周辺の映像が中心である。なので、クルド人やイスラム国などの話は出てこないため、そこまで小難しい映画ではない。

 

アサド政権から虐げられるスンニ派が、アサド政権とそれを支援するロシアなどからの攻撃を無慈悲に受け続け、カメラを回す監督の知り合いも次々に亡くなっていく。そんな状況下でも彼らは時に笑ったり、子供を楽しませたりすることは忘れていない。そして本作で一番印象深かったのは、負傷した妊婦が帝王切開を受ける場面である。なかなか産声を上げない赤ちゃんへ医師らが必死の措置を行う。あらゆる手段を用いても赤ちゃんが産声を上げず、もうダメかと思ったところで赤ちゃんがようやく泣き始める。母子ともに命に別状はなかったようで、これほど「生きていてくれ」と願う気持ちにさせるものはない。映画における出産シーンといえば、アルフォンソ・キュアロン監督の「ROMA/ローマ(2018)」を思い出す。あちらの出産シーンもあらゆる意味で強烈だったが、本作の生の出産に敵うものはない。

 

また、監督はじめ本作に登場する人たちは、いくら自分たちの訴えを声に出したところで、欧米諸国らが助けてくれるとは考えていない。国内での虐殺を描いた「ホテル・ルワンダ(2004)」では、虐殺の映像を入手したジャーナリストに主人公が「これで世界が動いてくれる」と期待して、そうはならないと諭される場面があったが、iPhoneやパソコンを自在に使える彼らには欧米諸国が結局は本気で動いてくれないことを理解していることも悲しい。

 

そして最後に彼らは降伏して国外退去することになる。もう二度と故郷の地を踏むことはできないかもしれない。彼らは生き残ることはできた。ただ、爆撃が少しでも逸れていたら死んでいたかもしれない。そんな極限の状況下で生まれた子供は大きな爆撃音がしても無反応である。他にも子供たちが戦争の状況を理解して泣いたり、他の国の子供なら口にすることのない爆弾の名前を知っていたりする。戦争さえなければ、こんな感情を抱かずに済むと思うと心底悲しい気分になる。

なし

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